公開日: 2023/09/23
島に舗装道路はなかった。太めの轍が交差しながら伸びていた。
ロシア人は轍が嫌いなのか協調性がないのか、先人のルートからはずれて勝手気ままに走っていて、至るところで線が錯綜していた。ということは、どこを走ってもいいのだ。オフシーズンなので観光客の姿はないから、無人島を探検しているようなものである。
湖に向かえば、柵はないから、崖から落ちるその瞬間まで爆走できる。転落しても目撃者がいるとは思えず、10年くらい発見されないに違いない。意味もなくウホホホホホと叫びながら、テキトーに右へ左へハンドルを切っていたら、砂にハマって埋もれてしまった。4WDのスイッチを押して、腰をフリフリ脱出したが、地味に死ぬかと思った。
その夜。湖のほとりで、車中泊をした。本当は崖っぷちに陣を張り、対岸の山々を眺めながら寝たかったが、諸般の事情が許さなかったのである。
恥ずかしながら頻尿なのです、すみません。どんな無人島であろうと、便所から半径50メートルが筆者の生存圏なのである。
切ない告白は置いといて、その夜の便所小屋はすごかった。どこがどうすごいのか香り立つほど詳しく説明したい。しかし、毎号毎号憚りの話をするのは憚れるので、拙著『今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』(WAVE出版)を読んでいただきたい。
オリホン島のハイライト、寺院岩と呼ばれる断崖にたどり着いた。海に突き出ている、さほど大きくない岩山が通称「シャーマン岩」。オリホン島のシャーマンは人ではなくて岩だったのである。
え、岩? じゃ、誰も唄ったり願いごとを聞いてくれないの?
と誰かに訊こうにもあいかわず無人島。しかたがないので、色とりどりの布が巻き付けられた霊験あらたかそうな13本の柱に両手を合わせ、ふたつの願いごとを捧げた。
1.エンジン警告灯を消してください
2.今年は雪のない冬でお願いします
フジル村で給油して、島を後にしたのである。
そんなこんなの寄り道をして喜んでいる場合ではなかった。クラシノヤルスク郊外で、冬将軍に追いつかれてしまったではないか!
突然降り出した雪はワイパーが間に合わないほど勢いを増し、前は見えなくなるわ、ブレーキを踏むと滑るわで、命からがら路肩に緊急避難した。1メートルも進めなくなり、峠のてっぺんで、雪に埋もれ始めたのである。
こんなところでビバークすれば、来年の春まで発見されそうにない。旅どころか、人生の最終回を迎えかねない大ピンチである。(第6話へ続く)
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