公開日: 2023/05/03
翌日は、大きな廃工場を訪ねた。 瓦礫の影から出てきた胡散臭いおじさんに、「駐車場で車中泊していいですか?」 と訊くのだが、ボクらが知っているロシア語は、
この3つだけ。
動詞がないので笑顔で代用するのだが、この手の有効な単語に乏しい会話はたいてい「ナニ言ってんだよ、ぜんぜんわからんよ」と、カメムシ顔をされる。やがて埒が明かなくて苦笑いに変わる。
そのうちアホらしくて笑い出したら、すかさず固い握手。スパシーパ(ありがとう)をひつこく繰り返して、交渉成立ということにしている。廃工場のおじさんは飲み込みが早く、すぐに笑ってくれた。
それどころか、1秒も会話が成り立っていないことに気づいていないのか、なんだかんだと15分以上もロシア語をしゃべり続け、笑いあい、最後に、「というわけだから、持ってけ!(想像訳。以下同様)」 と、水を持ってきた。ポリタンクに20リットルも。
いったい何の話をしていたのでしょう、ボクら。行水すると凍死しそうな夜に。
水を受け取ったらドアを閉められて真っ暗。クマの心配より、拉致られた気がして怖い(ロシア/2015年)
3泊目は、どうしてこんなところにお店が! と存在意義を問われそうな辺境の雑貨店だ。五体満足な番犬がいるので、クマは来ないのだろう。
例によって、「こんにちは」「駐車場」「ありがとう」だけで交渉を済まし、お礼に缶詰やジュースを買った。
寝る時は運転席に荷物を積むので、クマが出てもエンジンをかけられない(ロシア/2015年)
その夜、襲撃されたのである。晩飯を食べ終えて寝ていたところ、
ドンドンドン!
車を叩かれた。
ドンドンドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!
Yukoと抱き合いながら息を潜めていたが、次第にガンガンガンガンガンッ!と激しくなっていく。
いい加減無視できなくなって、そーっと3cmほどドアを開けたら、「ほーらっ、いたーっ!(想像訳)」
3人のおっさんがウォッカを振り回していたのである。
「隠れてないでよー」
めちゃくちゃご機嫌に酔っぱらって「飲もうぜーっ!」
「いえ、結構です。おやすみなさい」
って、例の3単語で、わかってくれますかね?(第2話へ続く)
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