公開日: 2023/06/04
話題作『今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』(WAVE出版)の著者が、“車と旅”の海外版について語る新連載エッセイ。
“楽園を探す海外放浪夫婦が、中古の軽自動車を買って北海道から南アフリカへ。
警察官の賄賂を断ってジャングルに連れ込まれ、国境の地雷地帯で怯え、貧民街に迷い込み、独裁国家、未承認国、悪の枢軸国、誰も知らないような小さな国々へ。
南アフリカ・ケープ半島の突端「喜望峰」で折り返して日本に戻ってくる予定が……。”
ロシア・サハリン島には、名だたる観光地はない。
モロッコのようにエキゾチックな旧市街はないし、ネパールのように登ってヨシ、眺めてヨシの山もない。妖しくきらめく碧い洞窟も奇妙な建造物もない。さらに言うと、商売っ気もサービス精神も「おもてなし」もない。
でも、ないないづくしの中に「ソ連っぽいなあ」がある。この「ソ連っぽいなあ」はいまや貴重な異国情緒となりつつあるので、じっくりと味わいたい。
というのも、スクーターでバルト三国を走ったことがあるが、2009年にしてすでにソ連の面影はなかった。ひどい人なんか、道でちょっと目があっただけだというのに、
「ようこそ、エストニアへ」「ま、飲んでってよ!」とワインを一本くれた。
一市民による怖いくらいの歓迎ぶり。OMOTENASHI JAPANでもありえないくらい、もてなしてくれた。
ベトナムという社会主義な共和国にしても、初対面で「ウェルカム マイ フレンド!」と両手を広げて歓迎してくれる。「友達、あれはどうだ? これはどうだ?」「親友、あれ食うか? これ食うか?」と休みなくサービスを繰り出し、財布を閉じる暇がないのだ。
そこへいくとサハリン島はシベリアの奥の奥、極東の最果て。ソ連が崩壊して30年以上経つというのに、いまだ初心を忘れていないようである。
絶対に、“おもてなさない”。
サービス精神は、ツンドラのように冷たい
サハリン島きっての大都会ユジノサハリンスクで、竹箒で掃除している女性と目が合った。しんなりと上品なご婦人だったもので、ふと、道を尋ねてみようかと思いたった。ふれあいがほしくなったのだ。
ところが「Excuse me」と、声をかけたその言葉のアルファベット4つ目の“U”を発音し切っていないというのに、握りっぺを嗅がされたスカンク顔に変身し、「シッシッ!」と迷惑そうに手を振った。
追い払うときはロシア語でもシッシッと言うのか——、と感心している場合ではない。
ち、違うんです、「スーパーマーケットはどこですか?」と、訊こうをしただけなんです、と思わず日本語で言いかけた「ち、ちが……」の音すら聞かずに逃げ出した老婆。
「ヨソモンとは1秒だって話さねーぞ、オレは」という毅然とした背中。すごい婆さんがいるものです。
バ○アの後ろ姿を見送りながら、年寄りだから敵国語の英語は苦手なんだろうと慮(おもんばか)ったが、若い人もさぼど変わらなかった。
ホテルのレセプションで、「今夜ふたり泊まり……」と英語で言いかけただけで、
No!
「部屋はありま……」
No!!!
有無を言わせぬ拒絶。レセプションの娘さんは、パソコンを覗いて部屋の予約状況を調べるそぶりもなく、スカンク顔した鉄の壁だった。
しかたないからホテルの外に出て、英語を話せる地元民を見つけ出し、ホテルに電話をしてもらった。普通に部屋が取れた。空室があっても泊めないとは、不思議な商売である。
不思議といえば、スーパーマーケットで買ったひとつ50ルーブル(97円)のインスタントラーメン。あとでレシートを見たら、100ルーブル(194円)に化けていた。後日、別のお店で買った98ルーブル(181円)のカップラーメンもまた、レジを通したらきっちりに2倍になっていた。
ミラクルである。よくわからないが、実にソ連っぽいような気がする。